八橋検校と八橋忌

八橋検校(やつはしけんぎょう)

八橋検校は、近代筝曲の開祖と言われています。
江戸時代初期、1614年に磐城(福島県いわき市)で生まれたとされる検校は、幼い頃から目が不自由で「当道座」に入りました。 当初は大阪にて三味線で名が知られていましたが、江戸に出て箏を習いました。1636年検校は初めて京にのぼりましたが、 箏を極めたいとのことから、肥前国の僧、玄恕について習ったといわれています。
1663年頃から検校は京都に移り住み、多くの弟子を育てました。特に1650年頃から、それまでの筑紫箏とは違った新しい調弦法を編み出し、「雲井の曲」、「六段の調」、「八段の調」など、数多くの筝曲を作曲しました。
1685年、多くの弟子に見守られながら、この世を去りました。

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八橋忌

八橋検校の命日の6月12日には、現在も毎年、検校の法要である八橋忌を営んでいます。
第一回を昭和24年に当社主催で執り行い、以後、お客様をお招きしています。毎年、法然院にて筝曲や舞の奉納を営みます。
またこの日の朝、社員全員にて、常光院にて墓参を行います。

2009年、故十二代目市川團十郎による奉納舞踊

琴と尺八による奉納舞曲

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