砂糖の話

● 砂糖の歴史
砂糖の始まりは、インドと言われております。その原料である砂糖きびは、南太平洋の島々で供給されたようです。英語のSugarは、サンスクリット語のSarkara(砂粒)を語源とするとされており、アレキサンダー大王の東征により、西はペルシャやエジプトへ、東は中国へ、ヘレニズム文化と共に伝わって行きました。
殊に中近東で8世紀ごろ開発された精製技術の進歩はめざましく、その後13世紀にはすでに、中国の元では砂糖が製造されていたようです。またヨーロッパへは例の十字軍が伝えていきました。更にアメリカ大陸へはコロンブスなどの大航海時代に伝わり、逆に今や中南米諸国は世界の有数な産糖国になっていった訳です。
日本への伝播は、奈良時代に遣唐使が持ち帰ったとの説が主流です。大仏に献上された薬品のひとつとして「蔗糖」という記述が残っています。この薬品としての砂糖が、食品として消費されるようになったきっかけは、鎌倉末期から室町期にかけて大陸との貿易が盛んになり始めたことです。国内的には茶の湯の流行に伴う和菓子の発達が影響しました。更に戦国期の南蛮貿易によりカステラやコンペイ糖が輸入され、砂糖は高価な贈答品としてはやりました。江戸期に入っても、鎖国政策のもと長崎出島を窓口に砂糖の輸入量は飛躍的に増えて行きますが、元禄年間以降銀銅の産出量の減少に従って、輸入量は減少し、逆に国内産糖奨励の動きが顕著となり、琉球や薩摩の製糖技術が全国に伝播して、享保年間以後各地で製糖業が始まりました。四国の和三盆糖などは現在でも盛業です。
明治維新を迎え、不平等条約のもと海外の安い砂糖が一気に流入し、国内の精糖業はほぼ壊滅的な打撃を受け壊滅状態になりました。ところが日清戦争で日本は台湾を領土として入手し、その地で製糖をその経済の中心に位置付けたことから、近代的精糖業が発展し、北海道を中心に始められた「てん菜糖製糖」も軌道に乗り、ほぼ完璧な国内自給が完成し、庶民にとって砂糖ははじめて身近なものになりました。
第2次世界大戦(太平洋戦争)は、日本の製糖を大幅に転換させました。戦時中の国家総動員体制のもと、贅沢品と認定された砂糖は配給制となり、台湾の放棄もあって、戦後20年には製糖産業は皆無となり、国内には砂糖はまったく流通しなくなりました。人工甘味料の流行や粗糖輸入の割当制の時代を経て、国内精糖は徐々に回復し、「三白景気」の時代を経て、粗糖輸入の自由化時代を迎え順調に砂糖消費量も増え続けて参りました。
以上、簡単に日本における砂糖の歴史を振り返ってきましたが、まさしく時代の流れに翻弄された様子がよく解ります。加えて砂糖を主原料とする菓子も、まったく同様の流れでその需要が変化してきたといえるでしょう。
   


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