2008年 祭菓「古都の初夏」掲載

 地震でもおこったかと飛び起きると、遠くに雷が光った。昼寝がすっかり長引いてしまったのか、辺りは暗くなっている。
 山が近いけれども雷は大丈夫なのだろうかと、心配をしながら外に出る。空は乾いており、大家が遠くを眺めていた。
 「近くに落ちたのですか」
 「音は遠そうなんやけどね、この空気やから」
風がぴりぴりとしているのが、伝わっていた。雨が降ってくれれば、それも鎮まるだろうに。
 「怖いですか」
 「いえ、そういうわけでは無いです」
 慌てて否定すると、大家は笑った。
 「そりゃそうやわね。でも、私は少し怖いわ」
 それこそ、そりゃあそうなのだろうと、私は大家の部屋に少し入れて貰うことになった。緊張した空気は、やはり一人で過ごすのは怖いまでもはいかずとも、苦手ではある。

 大家の部屋は、整然と片付いていた。
 「女の方の一人住まいに、申し訳ありません」
 「そんなん、気にされたのは久しぶりやわ。主人が亡くなってもう、長いんよ」
 慣れた手つきで彼女は二人分の茶を入れると、奥から菓子を持ってくる。生八ッ橋の箱だった。
 「この間、持ってきてくれはったんやけど。私一人やったらなかなか食べられへんし」
 「ありがとうございます」
 八ッ橋屋の顔が思い浮かんだ。彼も、時折話しがてら来ているらしい。
 普段焼いたものの欠けらを貰うことはあったものの、生を食べるのは初めてだったので、少しずつ味わって食べた。同じ、肉桂の香りがする。

 外では相変わらず、何度も雷が響いていた。
 「あ、また光った」
 大家が何度も飽きずに言うので、はじめは怖がっているのかと思ったが、どうやら笑っているらしい。
 「本当は、怖くないのでは」
 思わず言うと、大家は少し俯いて恥じ入るように笑った。
 「ほんまは、ちょっと話し相手が欲しくてね」
 その仕草はとても女性らしく、長年女と意識されたことの無いという大家の言葉は、彼女の思い込みであろう。おそらく、八ッ橋屋の贈り物も何らかの気持ちの表れだったのでは無いだろうか。
 甘い肉桂の香りを口の中で再び味わった。

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