2008年 祭菓「古都の春」掲載花吹雪

 今年の桜は遅咲きばかりだなどと人が言うので、うっかりしていると満開を過ぎていた。
 春は気付けばすぐに過ぎ去っていく季節、まるで今朝見た夢のようだと思い出せない夢を追いながら、久しぶりに大学に行くことにする。
 道中で八ッ橋屋に会うと、割れてしまった八ッ橋を一袋持たせてくれた。

 行けば行くで、ばらばらと友人が顔を出している。
 「また、遅寝か」
 医学の専攻である、松村が声をかけてきた。この時間は、たしか同じ講義をとっていた筈である。
 「ああ、すっかり寝てしまっていた」
 「もう随分前に、講義ははじまっているぞ」
 「いいのだ。桜を、見に来た」
 気楽なものだ、と言いながら、松村も私の後に続いた。厳格だと聞く医学だというのに良いのかとも思ったが、せっかくの桜なのだからと何も言わずにいることにした。
 大学の構内には、桜が数多く植えられていた。吉田山の山桜も悪くは無いが、たまには派手な桜を愛でても良い気がする。
 「どの桜を見るのだ」
 「どれでも良い。人のあまり集っていない場所ならば」
 それは難しい相談だな、と松村は笑った。たしかに、大学内は学生が普段よりも多い。新しく入った学校で、何かを得ようと必死になっている若い姿なのだろう。

 ここで良いか、と近くの椅子に松村が腰を下ろす。
 「桜が遠いでは無いか」
 「まあ、見ていると良い」
 仕方が無く、余り人気のない桜とは離れた場所に座り、八ッ橋の包みを出した。松村に差し出すと、ぼりぼりと音をたてて頬張っている。
 ひと欠けら取り出し、私も手に持った。
 ところに、大きな風が舞い、私の欠けらを持ち去ってしまった。
 「ほら、見ろ」
 ざあ、と音がする。
 目の前いっぱいに白いような桜の色が、泳いでいる。
 「これは」
 「ここからが一番綺麗なのだ」
 松村の言う通り、周囲の桜全てを吸い込んだ、桜吹雪が広がっていた。このような光景は、昨年は見ることが出来なかった。
 「皆、近くに行こう行こうとするけれども、この辺りが一番良い」

 医学を志す者は現実的で、桜を愛でるなど知ることは無いなどと思っていたが、とんだ思い違いだったようである。私はいつまでも、八ッ橋を頬張る松村と共に桜吹雪の真ん中で、座り続けていた。

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