2008年 祭菓「古都の冬」掲載木枯らし

 散歩をしたり、思い出したかのように大学の講義に顔を出したりと、毎日を同じように過ごしているうちに吉田山の木々はすっかり変容してしまっていた。冬になったのである。
 寒い寒いと言っても貧乏学生の身で、部屋に暖かいストーヴがある訳でも無い。下宿の庭で焚き火の炎が見えたので、思わず近寄っていった。
 「おやおや、人寄せの魔法のようですね」
 大家の言葉どおり、そこには先客が二人ほど居る。
 会釈をして、羽織の前をしっかりとあわせて炎に手を翳した。
 しばらくすると、焚き火ですかと声がした。
 通りがかりらしき二人連れはそのまま庭に滞在し、またしばらくすると、人が寄る。なるほど、これは本当に魔法のようだと、大家の顔をまじまじと眺めてしまった。

 「焚き火ですか」
 また人が、とふと見れば、先の八ッ橋屋の男である。
 「どうぞ、暖まっていってください」
 ありがたい、と近づくと、肉桂の香りは熱にあたったせいかさらに香ばしく感じられる。空腹を感じていた時分であったために、今度は八ッ橋屋を眺めることになった。  風が吹けば火が大きくなる。
木枯し、という言葉は、木を枯らすと書くのだから残酷なものである。
 この風の中にいれば恨めしくて、そのような名前でもつけてやろうという気にもなるかもしれない。

 また人が増えたので、魔法使いですねと大家に向けて言った。
 「いえいえ、私が魔法使いなわけでは無いですよ」
 「こんなに人を寄せるなど、魔法の技でしょう」
 少し悪ふざけがてらに言い募ると、彼女は優しい表情で天を仰いで言うのだった。
 「魔法というなら、これが魔法です」
 「これとは」
 「木枯しですよ。人がこんなに寄るのは、木枯しのおかげやと思います」
 「木を枯らしてしまうというのに、庇われる」
 「一度枯らしてまた咲かせるために、枯らすのでしょう。人が寄るように、冷たい素振りをしてることかてあるかもしれません」

 魔法などではない、大家の心が人を寄せているに違いない。

  • ページの上部へ