2009年 祭菓「古都の冬」掲載曇天

 寒々しくなるほどの空気だと思ううちに、風邪をひいてしまったらしい。ただの風邪だろうと大学と下宿を行き来していたのだが、赤い顔を大家に見咎められてしまった。そうしたわけで、下宿に閉じ込められるかのごとく寝かされる羽目になった。
 一度横になると、これまでの無理が祟ったのか、瞼が重くなっていった。
 ゆめうつつで細目を開けて窓を見れば、ガラスの外には歪んだ白色が広がっている。これまでの寒々しい晴天とはうってかわり、曇がやってきたのだろう。

 どれほど眠ったのか、目を開けると、松村が居た。
 「また、寝ているのだな」
 「どうしてここに居るのだ」
 「見舞いに来てやったのだ。どうやら、流行病にかかったようでは無いか」
 流行病など、と頭を振る。
 「大袈裟な。ただの風邪をこじらせてしまったのだ」
 それならばいいのだけれどもな、と松村は言う。
 「その咳といい、顔色といい、風邪とは少し違うだろう。流行の感染症だ。まあ、別段恐れるほどでは無いが、すぐに休んでいなければ大事になったかもしれない」
 なるほど、松村は医学を志していたなと、熱で朦朧とした頭で思い返した。
 「どうすれば治る」
 「寝るしかあるまい。病院に行っても良いが、もう自然に治るだろう」
 そうか、と、いつしかまた眠っていたようだ。目が覚めると、松村はいなくなっていた。
 汗で衣が濡れていたので、枕元にあった新しいものに替える。松村が置いてくれたのだろうか。
 少し熱が下がったようで、話し相手が居ないのが心淋しくなり、ぼんやりとまた窓の外を眺めることにした。

 ガラスというのは透明でありながら、どうしてこうも歪めてものを見せるのだろう。外の曇天は、厚くたちこめ、寒空であると思っていたのになぜか柔らかく暖かい気がしてしまう。
 本当に松村はここに来ていたのだろうかと、改めて考えてみればみるほど、あの男にそのように友人思いの部分があったのか疑わしくなってきた。寝巻にしても、自分で出していたのでは無いか。
 来ていないのならば感染症というのも違っただろうかと起き上がると、枕元に何冊か私好みの本と、八ッ橋の欠けらの入った袋が置いてあることに気付いた。
 やはり、松村は来ていたのである。
 疑いを申し訳なく感じ、身体も動くのであるから礼を告げにと立ち上がったところ、大家が粥を持ってきた。
 「お加減、もうよろしい?」
 「ありがとうございます。大丈夫そうです」
 優しい心遣いに礼を言うと、適度に福与かな白い肌をした彼女は、柔らかく笑った。ここは、曇天の雲のように暖かい。

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