2010年 祭菓「古都の初秋」掲載大風

 風が何度も雨戸を揺らして煩いので、何事かと、怖いもの見たさに隙間を開けてみた。吹き込んでくる風は温く、まるで生き物のように艶かしく、これはどうやら台風が来たようである。
 厳重に窓を閉めなおさなければと思うや否や、一際大きな風が舞い込んできて私の部屋を荒らしていった。あわてて窓を閉めてみたが、見事に紙切れと本とが散乱してしまった。

 どうせ風が過ぎるまですることも無いと片付けをはじめると、どうやら肉桂も紛れ込んでいるらしい。あの八ッ橋屋も今頃は、風と戦いながら店を片付けているのであろうか。
 甘い匂いを嗅ぎながら、全ての人に一様に同じ苦労を強いるとは自然の力というのは大きなものであるなと、感心してしまう。
 そうこうする内に雨が降りだした様子で、バラバラと大きな音が雨戸を叩くようになった。やはり、台風が来たのである。

 台風の夜には決まって、本を読んでいた。
 日常から本を読むに変わりは無いが、こうした音を聞きながらは古書が捗るのである。今宵も、とかねてから読もうと思っていた一冊を手にとると、突然足音が響いて部屋が開いた。
 「悪いが、泊めてくれないか」
 見れば、松村である。
 「どうした、風に妨げられたのか」
 「ああ、その通りだ。大学に出てはいたものの、少し寄り道をしていたらこの大風だ。風ならばまだ、と侮っていたら、雨まで降ってくるときた」
 「やはり、人は自然には逆らえないのだよ」
 本当にな、と松村は水を拭うと腰を下ろし、大きく息を吐いた。自然の摂理に逆らって人を生き延びさせようとしている医学の徒にしてみれば、自然には逆らえないというのは苦しいことなのかもしれない。
 「何、すぐにあがるさ」
 「だといいのだが」

 結局、雨は夜半を過ぎても降り続き、松村は私の部屋に散らばる本を手にとったり眠ったりを繰り返し、私は唯ひたすら古書を捲った。
 いつの間にか眠りに落ち、翌朝目覚めたのは、雨戸を閉めていた所為で昼前である。ガラガラと音をたてて外を見ると、綺麗に雲を掃いたかのように、青空であった。
 「紅葉か」
 寝起きの松村の声に彼方を見れば、吉田山が染まりはじめている。大風はこれらを運んでくるからこそ、疎まれるようでありつつも愛され続けて居るのであるな、と頷き合った。

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